2013年04月16日

ボストンマラソン爆発事故

爆発により、お亡くなりになられた方、ご冥福をお祈り申し上げます。

テロは無くならないのかと思うと悲観に思います。
関係の無い人々を巻き込み、争いからは悲しみが残るだけ。

平和は来ないのでしょうか?
posted by セイゾン at 14:46| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

横浜の桜は散りはじめた

今年は昨年より花の付き方が多く付いたと思う。沢山の実が成るであろう。

草木に取って恵まれた年に感じる

花びらは散っても花が死ぬのでは無い、種に成る、実が成る。そして、苗になり、また新しい草木に成ります。

自然界に異変が起こらない限り無く成らないのです。だから花に対して、さみしいとか、つまらないとか考えるのは間違いなのです。
それ見る人の価値観の偏りであり自己の美感であり、桜には関係の無い話しです。桜は人間の為だけに利用されているのかもしれません。

それでも桜は育む姿勢を変えたりはしません。
朝、昼、夜、四季の中に生きています。

一瞬に綺麗に咲き、一瞬にして花びらは散っても桜なのだということなのです。

「また来年も綺麗に咲いて下さい。」

それまで頑張って下さい。

嵐に巻き込まれ枝は折れても、根がある限り生き続けるのです。

意志は根を張る事です。

揺るがない根であるのは草木だけではありません。

人も桜も共存しながら生きています。

もし、良かったら桜の花に目をやり、ありがとうと言って下さい。


花の咲かない時期には共に育んて下さい。

咲いたら、ありがとうと言って下さい。

日本の桜

我々の桜なのですから…



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posted by セイゾン at 22:50| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

命について考えてます。

葬儀に参加して思う。

突然死する人

死亡から発見が遅れた人

病と闘うも終わりが来る人

人に大切にされながら死んで行く人

死ぬまで大切な人と気づかれない人

死には色んな結果が待っています。

生きている時間にどれだけの人と良い関係を持っているか。

どれだけの功績を残したか。

どれだけの足跡を残したか。

どれだけの遺産を残したか。

どれだけの子孫を残したか。

どれだけの貢献をしたか。

どれだけの功徳を積んだか。


小さい頃、親やおばあちゃんから、言われたのですが、お墓参りや命日の時、あなたもいつかは、お墓に入ります。お墓には先祖が眠っています。あなたが入るお墓には結婚していつかお墓に入ります。必ずその時が来ます。あなたの子供もお墓参りに来ます。また、その子もお墓に入ります。人は死んだら1人では有りません。お墓は家と同じで家族がいます。先祖から子孫までの人の為のお墓です。だからお墓を大切にするのと親や子供を大切にするのは、当たり前な事です。

人の死には色んなドラマが有ります。

死は、平等に有ります。

産まれて来てから、生と死は背中合わせです。

死ぬまでに、死に対する考えを持つ環境は、一般的には無いでしょう。

しかし、親族の生死はいつも傍に有るのですから、家族愛を持つ環境は必ず必要な事だと思います。
いつかは、家族は、お墓という家に帰るのですから、どんな事が有っても思い合う事だと思います。

ひとりの人生は、有り得ないのです。ひとりにしてはいけないのです。ひとりの道を選ぶ事は不可能な事なのです。人は人から産まれて来ている以上、身体には先祖から頂いた血と身体を持っているのですから。。

人生の道を途中下車する事も不可能な事だと思います。

肉体は消えても魂は消えないからです。

生きている間に、色んな考えを個人の理論を持ってしても縁は消えないという意味だと思います。

夫婦は、魂の絆も兼ねています。
その一族の繁栄を願う。助け合う。苦しみを乗り越える。お互いの宿題はお互いのものであり、年数を掛けて到達する場所は、お墓です。

すれ違う意見が有っても、いつかは、お墓に入ります。

子供が、やがて成長して家庭を持ち親から離れて行きます。
しかし、いつかは家に(お墓)に、帰って来ます。

大人になり兄弟が離れ離れに成っても、一族のお位牌には名前は刻まれるのです。
墓や位牌を別にしても血族を示すのですから、生きている状態で戸籍謄本から抹消されない限り、魂は家族の元へ帰って来ると思います。

自分の残された人生の時間に家族の繁栄を願い、先祖を思い子を思います。

孤独死など起きては成らないのです。

もし、孤独死をした時に、人が関わったり家族と関わったりした時に後悔しては成らない。

人は人が必ず関わるのです。

向かう方法は家族なのですから。。

沢山の葬儀に参加して、良かった事が有ります。

家族の深い絆を肌で感じました。

別れは悲しみを伴いますが、愛されて、その人の意志を受け継ぐ親族の愛に感じました。


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posted by セイゾン at 04:40| 神奈川 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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