2013年03月30日

ちょっと昔を振り返り。

横浜市都筑区佐江戸町、鶴見川沿いに位置する所へ今から27年前に会社を大きくする為に移りました。

親も此処に住むも、父は脳溢血から回復した時期で右半身は不自由な身体になりました。

父は愛媛県にて少年時代、野球で甲子園出場経験ある野球少年でした。

窓の外には鶴見川。そして少年野球のグランド
川の増水、反乱の時はグランドは埋まってしまうデコボコのグランドです。地域の少年野球で使われています。

川の土手は高く道路から約2.5m位の高さ、グランドからは4m以上あるかと思います。

当日、土手に上がるも階段もなく盛り土の斜面を足を滑らしながら登っていました。
不自由な父は、よろめきながら苦労をしていました。

佐江戸町に越してからどれ位たったか忘れましたが、苦労をする父をはじめ、少年野球の子供たち父兄さん、通勤する人、みんな苦戦しなが歩いているのを見て、よし!ここに階段を作ろう。

丹沢山で仕事経験あった私は、丹沢山の至る所に道を作りました。
その時の階段用材料、杭2本と土留め板(廃材プラスチック再生材)を用いて20段程度の階段を作りました。
父も、歩く人を見て賛成。土手を散歩するも楽になるから賛成。

あれから27年…


15年前には佐江戸町を出て、センター北へ会社も移動、私も昨年には引退。

桜を見に、何故か、まだ薄暗い朝、佐江戸町公園に行き、階段に父との思い出を見に。。


階段どこ?
そこには、手作りの階段は無くなってました。


そこには、コンクリート製の階段を施工中でした。


27年間、どれだけの少年が野球へ夢を抱き、この階段を歩いたのか?勝った喜び、負けた悔しさ、プロ野球へ目指す夢、甲子園を夢に、毎年繰り返す27年間。

新しくなる理由は分かりません。横浜市の判断で新しくなるのですから…

古く痛んだ階段に、これからの青少年の夢に掛けたのでしょう。

施工中の階段を見つめ、何故か涙が止まりません。悲しいわけでも無く、嬉しいわけでもなく、泣いている自分が可笑しくて、時に笑いながらも泣きました。

不法に作った階段です。

許可も無く作った階段です。

でも、有れば、便利に使われた階段です。

沢山の夢を踏みしめた階段。



今日まで、ありがとう。


そして、さようなら。。。(泪)


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posted by セイゾン at 06:52| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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